NetLearning in News ~掲載記事一覧~

月刊金融ジャーナル2001年3月号
「金融機関でも始まったeLearning」
(株)ネットラーニング代表取締役社長 岸田 徹

 最近は、インターネットを利用した教育・研修について、新聞の記事にならない日はない。「eLearning」という同じタイトルの本も、立て続けに4冊出版された。この分野のセミナーは、どこも参加者であふれ、熱気に包まれている。
 教育・研修の分野で、なにか劇的な変化が生まれつつあるのではないか。多くの企業担当者がそう感じ始めているのだ。その変化は、情報技術者の教育から始まり、金融分野などに広く拡大し始めた。
 まず、日本の3年先を行っているといわれる米国の状況をみてみよう。

爆発的に伸びている米国のeLearning
米国でインターネットを利用した教育・研修、eLearningは、1996年ころから始まった。わずかに4年前のことであるが、今では、全米企業の半分がeLearningを取り入れ、とりわけ、ニューエコノミーの担い手といわれる先進的分野のほとんどすべての企業がeLearningを活用している。米国の競争力の基盤は、eLearningで教育をうけた知識労働者の存在に支えられているといわれるほどだ。
eLearningが集合教育に取って代わっていく変化のスピードは、すさまじい。CDがレコードにとってかわったような、劇的な変化が進行している。eLearning市場は急成長しており、今年は実に4000億円を超え、2年後の2003年には、114億ドル、1兆数千億円の規模に達するとみられている。99年の米国のゲーム市場は、ハード・ソフトあわせて89億ドル市場だから、あっというまに、ゲーム市場の規模を超えていく。
eLearningの担い手は、ベンチャー企業である。大きく分類すると、コンテンツを提供する企業、プラットフォームを提供する企業、情報を提供する教育ポータル企業の3つに分けられる。米国にはそうした企業がすでに数千社あり、そのなかにはデジタルシンク社のように、ナスダックに上場する企業も多く、公開を控えている優良企業も多数存在する。
米国でのeLearningは、最初に情報技術者の教育に導入された。その理由の一つは情報技術者にとり、インターネットやパソコンは、日常の仕事の環境であることから、インターネットを利用した教育・研修は馴染みやすいものであったことがあげられる。それでも、勤務時間内に自分の席で学習することが文化として定着するのか、などいくつかの懸念もあり、導入当初には学習中の人は自分のパソコンの上に小さな旗を立てるという努力もなされた。しかし、実際の運用が始まってみると、そのような懸念も忘れ去られるようなスピードで広がりをみせていった。
情報技術者の次に普及が進んだのは、金融関係の分野だった。金融機関におけるeLearning導入はオンライントレードのユーザー向け教育から始まったが、すでに多くの銀行が行内教育にとりいれ、全米銀行協会なども、多くの教育コースを提供している。
さらに、現在では、「エンタープライズ・ワイドのeLearning」がキーワードとなり、戦略的な企業研修の手段として、eLearningが活用されるようになってきている。
90年代のはじめに米国の企業で起きていることについて、多くの日本企業は注意を払っていなかった。日本の90年代は、「失われた10年」とも言われる。現在も、我々が気がついていないことが米国で起きているのだろうか。大胆に戦略化している米国の企業研修でなにが起きているのだろうか。

戦略化する企業研修
1999年の米国の企業研修費は、約630億ドル。それに対して、日本は約6000億円と言われる。総額では10倍以上、経済規模や人口比を勘案した職員1人当たりの金額では、ほぼ5倍の差があるといえるだろう。しかも、米国の企業研修費は大きく増え続けており、現状のままではその差は開く一方である。
当然のことだが、この大きな差の背景には、単なる量的な差ではない質的な差が含まれている。一言でいえば、日本の「機能的な研修」に対して、米国の「戦略化した研修」の違いと言えるだろう。
知識が競争力のベースとなる時代に、知識の生産能力を高め、有効に共有するためには、職員に対する教育は不可欠である。それは、企業の競争力の核心にかかわるものといってよい。しかも、これだけ変化が速く、ダイナミックな対応が求められている時に、大規模で短期間に実施できる研修は重要だ。米国の戦略的な研修の背景には、会社全体を巻込むビジネス環境の急速の変化と、そしてその変化へ対応するための学習・研修体制の構築がより重要となっていることがあげられる。
その戦略的な研修を実施するための新しい手段として、eLearningが活用されている。インターネットを主要な媒体とするeLearningには、「いつでも、どこでも」受講することができるという特徴がある。さらにコストが、集合研修と比べて半分以下ということも、急速な普及を促した。
しかしそれ以上に、短期間に大規模に実施できることや、双方向性を活かしたOne to oneの指導が可能であることから、集合研修よりも研修効果が高いことなどが注目されている。教育は、双方向であってこそ効果を上げることができるが、これまでの集合研修は、黒板を背に先生がレクチャーし、生徒は、先生の方を向いて話を聞くものであり、基本的には一方通行であった。双方向性を活かして最近では、ビジネスシュミレーションなどによる高度な教育にもeLearningは活用され始めている。
米国の企業研修担当者の協会は、ASTD(American Society for Training and Development)とよばれている。毎年、6月に開催される総会には、1万名以上が参加する。私もこの総会には出席しているが、この協会が、昨年から名称を改めた。フルネームを止め、親しまれてきた略称のASTDを本来の意味から離れ正式の名称にし、"Learning and Performance"を書き添えることにした。この背景には"training"から"learning"へという考え方の大きな転換があったからだ。
双方向性を活かし、学習者の主体性を重視するeLearningによって、研修そのもののあり方まで見直されているのである。
eLearningがあってこそ、戦略的企業研修が可能になり、eLearningが戦略的企業研修の重要な手段になっているのだ。

米国金融機関における企業研修
証券会社におけるeLearningの導入は、チャールズ・シュワブの顧客向けのサービスなどが、早くから進められた。銀行関係では、すでにほとんどの銀行が行内研修に取り入れている。
私は、昨年11月末に、チェース・マンハッタン銀行とシティバンクを訪問し、eLearningの責任者から導入状況を伺う機会があった。
チェース・マンハッタン銀行のピータ・ジョーンズ副社長によれば、同行ではすでに3年前からeLearningの導入に取り組んでいる。eLearningと集合研修との比率は、98年が17対83、99年が20対80、2000年35対65で、着実にeLearningが増え続けており、近くeLearningが集合研修を超えるという。現在、同行ではJPモルガンとの合併で10万人にのぼる従業員に対する研修を17の研修組織と440名のスタッフが担当しているが、そうした環境下でe-Learningの果たす役割は大きい。
ジョーンズ副社長は、「e-Learningはグローバルな学習環境の提供を実現できる。Chase.comとしてブランド化し、積極的にすすめている。e-Learningは学習状況を個人管理でき、コスト削減できるとともに、学習周期が早くなる。またオンラインにより個別にチュータと会話できるなどの利点がある。」と話してくれた。
シティ・バンクのジェリー・バート副社長によると、昨年、同行ではキャッシュ・マネジメント、トレーディング、セキュリティ、ファイナンシャル関係、技術関係、ビジネス・マネジメントなど15の分野で、基礎的な研修をe-Learningで提供した。2001年には、さらに中級編をe-Learningで提供する予定で、そのあと、見直しをかけながら、大きく発展させていく方針だという。現在のところチュータが存在しないために、修了率が低いことが課題。コースが学習者に合っていなかったり、長すぎることが、修了率を下げている原因と考えており、改善を進めている。同行の研修費総額は、eLearningと集合研修を合わせて、2800万ドルということであった。

日本でのeLearning
最初に書いたように、日本のeLearningは、米国に3年遅れている。しかし、キャッチアップの過程は、始まっている。
私が社長を務める株式会社ネットラーニングは、百数十社のユーザーをもち、昨年1年間に600社以上を営業員が訪問しているが、昨年の夏ごろから、eLearningに関する日本企業の関心が大きく変わり始めた。
とりわけ、今年に入ってからの状況の変化はめざましい。中堅以上の企業のほとんどがeLearningに関心を持ち始めたと言っても過言ではない。
しかし、日本にとって深刻な問題は、eLearningの担い手となる企業が少ないことである。米国にはeLearningを提供する企業が数千社あり、多くのベンチャー企業がしのぎを削っているのに対し、日本にはこの分野のベンチャー企業が数えるほどしかない。
また、残念なことに、米国に比べ日本では企業の教育に関するデータが整備されていないため、現状の詳しい分析も困難になっている。その結果、市場の将来動向の予測も、かなりの幅のある見方が存在しており、最も低い見通しによれば、2005年の企業向けeLearningの市場規模は、2,300億円と見られ、企業研修費の30%程度を占めるにとどまると予想されている。この予測どおりであれば、現在の米国に対する3年の遅れが、5年の遅れに拡大してしまう。米国以上の急速な普及で、追いつくことができるだろうか。知識が競争力のベースとなる時代に、グローバルに展開する企業がその競争力を確保するためにも、米国で威力を発揮しているeLearningの一刻も早い導入が急がれているのではないだろうか。

金融ジャーナル2001年3月号P1121~P115より抜粋