期待と現実:定額制eラーニングの歴史と比較、そして定着への取組み

公開日:2024/11/05

筆者:岸田 努(株式会社ネットラーニング 代表取締役社長)

期待と現実:定額制eラーニングの歴史と比較、そして定着への取組み

定額制eラーニングとは

近年、多くの企業において、リスキリングの推進やデジタル人材育成を目的に定額制eラーニングのサービスの導入が増加しています。定額制eラーニングは、月額または年額の一定料金を支払うことで、さまざまな学習コンテンツを無制限に利用できるサービスです。このモデルはNetflixやAmazon Primeのようなサブスクリプション型サービスに似ています。以下に、定額制eラーニングの主な特徴を挙げます。

1.無制限アクセス

一度料金を支払えば、提供される全てのコースや教材にアクセスできることが一般的です。

2.多様な学習コンテンツ

ビジネススキル、プログラミング、DX関連スキル、語学、資格試験対策など、幅広い分野のコンテンツが用意されています。

3.自己ペースでの学習

学習者は自身のペースで学ぶことができ、仕事や日常生活のスケジュールに合わせて柔軟に進められます。

4.高い更新頻度

定期的に新しいコースや教材が追加され、常に最新の知識やスキルを習得できます。

5.コストパフォーマンス

一度の支払いで多くのコンテンツにアクセスでき、コース単位の購入よりコストパフォーマンスが高いです。ただし、利用者が少ない企業ではこの限りではありません。

いつから定額制の学びが始まったのか?

定額制の始まりは90年代に遡り、Lynda.comが個人向けに成功を収めたと思われます。デザイン系ソフトやコーディングなどのPCスキルの学習動画コンテンツが中心で、月額19.99ドルで提供されていました。

lynda.com

特長のひとつとしては、コンテンツ制作に関わった講師に、人気に応じた収益を支払う仕組みだったことです。2015年にはLinkedInに買収され、社名をLinkedIn Learningに変更され、さらに翌年にはマイクロソフトが買収しています。

Udemy

その後2010年代に登場したUdemyは、トルコの起業家がシリコンバレーで設立し、多額の資金調達を行っています。日本ではベネッセが2015年に、日本における独占的販売パートナーとしてサービスを提供しています。

各社の定額制eラーニングの比較

現在、企業向けの定額制eラーニングは多くの教育・研修ベンダーから提供されており、ベンダーごとに提供内容が異なります。最近では、複数のサービスを並行利用し、それぞれの特長を活かす企業も増えています。 各サービスの提供コンテンツには大きな違いがあり、主なポイント等を比較すると、以下のようになります。

サービス内容 ポイント 課題
大量の
オンライン動画
配信系
・数万のコースを利用できる
・新しいカテゴリーのコースのリリースが早い
・多すぎるカテゴリーで、学習優先度が不明
・動画中心で広く浅く学ぶ傾向がある。
ビジネス関連
コンテンツ
配信系
・MBAなどビジネス関連のコンテンツが中心 ・ビジネス関連の動画中心で動画ライブラリとなりがち
授業スタイル
コンテンツ
配信系
・講師の質が高い
・動画の本数が多い
・職種別研修カリキュラムがある
・個人的興味を刺激する動画が多く自己啓発よりとなりやすい
eラーニング
コンテンツ
配信系
・ITスキル講座が豊富な傾向がある
・受講時間が長く、学びがいのある講座が多い
・提供コースは社員向け講座に限られている傾向がある

定額制eラーニングを定着させるために必要なこと

定額制eラーニングの定着と利用促進には、「自律的な学びの醸成」および「学習する組織作り」の2点が重要課題とされています。会社がどんなに充実した研修プログラムを用意しても、特定の従業員のための施策になりがちで、組織全体の効果的な施策となっていないことが多いようです。

一方、会社全体の学習時間を増やす企業も増えてきました。これらの企業は、自律的に学ぶ組織を社内に作る「コミュニティ・ラーニング」という取り組みを行っています。コミュニティ・ラーニングはコミュニティ(共同体・集団)ベースで学習する方法です。コミュニティ内で公式・非公式の方法を使って、個人やグループで学習を促進します。最大の特長は、メンバー同士の対話を通じ、学習プログラムとコミュニティの活動が作られることであり、その目的は、参加するメンバーの各個人とグループのさまざまな能力、スキルを向上させることにあります。

パーソル総合研究所の最近の調査では、コミュニティ・ラーニングを経験した人は、学習時間が2倍以上に増えるということがわかりました(※1)。

コミュニティ・ラーニングの有無と学習時間[月]

同調査では、グループワークや事例共有会、その他さまざまな他者との学びは「学びの自己認識」に強く影響することもわかりました。「学びの自己認識」とは、自分の学び方やキャリア、スキルを理解することです。そして他者との学びを通じて、自分に合った学習スタイルやキャリアパスを理解し、自身のスキルを評価することが進みます。
しかし、6割以上(※2)の従業員が他者との学びを一度も経験したことがないという現実もあります。多くの企業では、独学が主流です。

コミュニティ・ラーニングの経験割合[%]

一方で、コミュニティ・ラーニングを成功させている企業も増えてきました。

企業 内容
旭化成 ラーニングコミュニティ「新卒学部」導入
味の素 個人同士が学び合うコミュニティが社内SNS上で自発的に形成
ENEOS 情報交換・知見交換するコミュニティ設置
サイバーエージェント エンジニア向けのゼミの導入
損保ジャパン 損保ジャパン大学の設置(SNS、ゼミなど多数の工夫あり)
IHI IHIアカデミーの設置

出典:(※3) 独立行政法人 情報処理推進機構「事例企業における自律的な学び促進の取組み」
(※4)旭化成株式会社『ラーニングコミュニティ「新卒学部」導入により新入社員の学習時間が増加し、キャリア不安が低下』

例えば、旭化成では2023年6月に新入社員向けのラーニングコミュニティ「新卒学部」を開始し、学習時間が前年度の新入社員に比べ約3.5倍に伸びました。同社はこれについて「新人教育においてコミュニティで学習を進めることによって、主体的に学ぶ習慣がつくとともに、常に新しいことを学ぼうとする姿勢により成長実感が得られるようになった」と評価しています。(※4)

このようにコミュニティ・ラーニングを組織の中に作り上げることが定額制eラーニングの活用を定着させ、より多くの従業員に向けて利用を促すことに繋がると思われます。

あとがき

筆者が社会人となったのが1996年。最初に入社した会社はシステムインテグレーターで入社後1ヶ月、みっちりとITの基礎を教わりました。当時IT市場が急成長していたこともあり、2年後にはIT系の外資企業に転職。ここでジョブ型雇用というものを初めて経験して自分自身でスキルアップしキャリアを築き上げる世界を知りました。
生々しい話ではありますが、ある外資では売上予算3億円は年収500万円、5億円は年収850万円、8億円は年収1200万円と自分自身で選択することが可能でした。まさにそのジョブでの雇用です。ただし、報酬相当のスキルを保有しているという前提での雇用契約のため、四半期ごとに評価され、達成の見込みがない場合にはすぐに退職となりました。
2000年当初はそうしたジョブ型雇用で働いていた私自身と、メンバーシップ型雇用で働いている友人とで価値観が大きく違っていたのを今でもよく覚えています。私はジョブを中心に考えていたので会社にこだわりはありませんでしたが、友人は会社を中心に考えており、ジョブにこだわりはありませんでした。どちらが正解ということではありませんが、雇用形態で中心となる軸がこうも変わるものかと感じたものです。

なお、昨今の日本経済の低迷から長期雇用が厳しくなり、またジョブ型に近い成果主義の採用などから転職市場も活性化し、終身雇用は減少傾向にあります。そうした中で、従業員のキャリアを会社が考え、階層別研修や職種別の割当研修を定期的に実施していく従来型の割合は減少し、逆に従業員の自律的な学びを促進する、自分自身のキャリアは各自が築いていくという方向へのサポートが増加しています。

その一環として定額制eラーニングの利用があります。人生100年時代の到来と、ますます進化するテクノロジーへの対応に向けて多くの従業員が自律的に学び、社会のさまざまな場で長く活躍することができる時代に向けて、研修サービスを提供する側の社会的な責任も大きくなってきていると感じています。

我々ネットラーニングも引き続き新しい教育・研修・学習を創出し、真に豊かな社会に貢献することを理念として掲げ事業を展開していきます。
当ブログでご紹介したコミュニティ・ラーニングについて、実践している企業の事例を紹介するセミナーを開催しています。 この機会にぜひご参加いただき、効果的な学びを実現する方法をお持ち帰りください。

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筆者プロフィール

岸田 努

株式会社ネットラーニング 代表取締役社長

外資系情報サービス企業で大手企業中心に情報システムを導入。2003年ネットラーニング入社。eラーニング市場作りと開拓を行い大手企業中心に販売。数々の研修を成功に導いた。2021年、代表取締役社長に就任。一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会、NPO法人デジタルラーニングコンソーシアムの理事。

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